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2018/09/21 代表記事

【学生時代】代表吉田インタビュー 自分の足で歩き、目で感じた「まちづくり」

▶︎ 吉田さんの学生時代や、「まちづくり」に興味を持つようになったきっかけについて教えて下さい。

 

もともとは建築や土木になんとなく興味を持っていたのですが、「都市計画」という分野があることを知ったとき、建築でも土木でもなくまちを広い意味でプロデュースするという概念自体が面白そうだと感じたことがこの分野を学び始めたそもそものきっかけです。そのために大学も都市計画が学べる学部に進学しました。

 

あとは大学2年のとき、友人とヒッチハイクと野宿で一か月ほどかけて日本全国縦横断の旅に出たのですが、これがひとつの転機だったのかなと。それまで田舎出身であることは自分にとってコンプレックスだったのですが、そんな都会出身の友人がヒッチハイクで田舎を巡ったときに、田舎に行く先々の田園風景や自然、景色等、ローカルなゆっくりとした時間の流れや人の好さをとても新鮮に感じてくれたんです。田舎で生まれ育った私にとっては「当たり前」の環境も、見方を変えれば誰かに羨ましがられるような、「誇り」に思うことができる魅力を持っていると気づけたことが、地域に対する気持ちを後押ししてくれましたね。でも同時に、だんだん進んでいくとシャッター街的なものだったり廃線になった線路があったりだとか、地方の元気がなくなって過疎というものが進んでいるという実状が見えてきたんです。こんなにいいひとがいて、美味しいものがあって、魅力に溢れている素敵な空間が全国各地にあるのに、それが消えていこうとしていることに気づいたとき、地域のために何とかしたいなという想いを持つようになりました。

 

ヒッチハイクをしてからしばらくして、アジアの国々をバックパック一つで巡る一人旅をして、イタリアにも行きました。アジアで感じたのが日本の都市というものがもっと活気づいて人々が生き生きとしていく舞台であるべきだということ、そしてイタリアでは、一つ一つのまちがその「まちらしさ」、アイデンティティをもっと持っていくべきだということ。歴史的なものや文化的なものとビジネスは結び付きにくいかもしれませんが、それがまちの誇りになり、それを求めて人々が集まることでお金もしっかり落ちる。日本もそんなふうに元気になっていくまちが増えていけば素敵だと思ったし、自分の世代でそこを動いていかないと本当につまらない国になってしまうという問題意識を持ちました。

 

▶︎ ヒッチハイクをして、その後アジア、イタリアでいろんなまちを見ていく中で課題や問題意識が醸成され、その思いのもとで色んな人と会って、それとどう向き合っていくかという考え方を得たのが大学時代だったんですね。そんな吉田さんはどんな就職活動をされていたのですか?

 

最初は都市開発に携わりたいと考えていたけど、やっぱり「地域」のために何かしたいという想いが強かったので、まちおこしや村おこし、あるいは地域活性というキーワードに興味を持ちました。私の就活は少し変わっているんですが、まずは片っ端からまちづくり関連する書籍を読み漁ったり、ネットを見まくって、そこでビビビッて来て面白いと思った人にメールとか手紙送ったりして、この分野で活躍する人にどんどんアプローチしていったんです。あなたのこの生き様に感動しましたとか、このプロジェクトすごいですねとか、是非話聞きたいですって、ラブレターかってくらい積極的に。そんなことをしているうちにお話しさせていただいたり、弟子入りをさせていただけるようになりました。かれこれ10人くらいに弟子入りさせていただきましたね。そのうち半分くらいはすでにMACHIBIYAセミナーでも講師をやってくださっていて、人生の恩師でもあり、今でも応援してくれている方々でもあるんです。

 

私が就職活動をしていた頃は、地域活性化に関する事業に取り組んでいる企業はほとんどなかったんです。そんな中で興味を持ったのがリクルートの中の地域活性事業部。リクルートっていうカラーを持ちながら地域活性やっているという所がすごく面白いなって興味を持ったんです。自分が尊敬するまちづくりの師匠たちにどうしたら最短ルートで近づけるのかということを軸に就活をした結果、大学卒業後はリクルートの地域活性化事業部で活動することになりました。

 

 

▶︎ 「就活」という言葉よりも、人と人のつながりによって自分の道を切り拓いてきたというような表現が合いますね。

ここに、地ブラがまちづくり人材の育成に力を入れていることがリンクしますね。ナビサイトを使った一般的な就職活動ではなくて、いろいろな人との出会いを経て、自分から興味を持ってアクションしていけば生き方のモデルは無限にあることに気づけたんです。15年前、私が地域活性化に興味持ったときは「君は奇特だね」と言われ続けていたけれど、でも実際に時代が変わると、本当に先見の明があったなと言っていただけているんです。それを踏まえると、やっぱり早い段階で、人口減少・グローバル化であり、地域というものがこうこうこういう風に変わっていくんだよという事をもっともっと若者に伝えていって、その中で生き残っていける、あるいは価値提供できる人間になってほしいなと感じています。そして、やりたいことでご飯を食べられる、そんな働き方にやりがいを感じながら生きていけるようになるのが理想だと考えています。

 

また、若者の育成に貢献したいという想いはもちろんですが、そういう「熱い」若者が増えていってくれないと、日本のまちって残せないなって思うんです。地域のために想いを持って行動できる人が増えて、たくさんの人たちの関係を結び、これがうねりになって初めて日本のまちって残せるんじゃないかなって思うから、こういう気づきとか啓蒙の機会を提供していて、そういう人たちに生き様を伝えるし、そしてうちにいるスタッフにはそのスキルを身に着けてもらって、将来いろいろな各地で活躍できる人材になっていってほしいなって感じているんです。

 

▶︎ そこで得たビジョンやミッションというものは今も変わらず持ち続けているんですか?

 

そうですね、ただ会社としてのビジョンというよりは自分の人生の使命であって、純粋にグルーバル化な競争化や人口減少が進むこの世の中で、自分自身が日本に対して持っている問題意識が先ほど話したものなんですよ。日本のあちこちにあるピンチは、実はチャンスだと考えています。そう考えたとき、地ブラがやっているのは単なる「情報発信」でも「インバウンド」でも「採用コンサル」でもなく、地域活性化を何か別のファクターを通して、地域のピンチをチャンスに変えていくことなんです。地域に利益を生み出すことができるチャンスがたくさんあるからこそ、地域のみなさんに、地域にある魅力を残して、そして磨きあげていくサポートをすることで、「あなたたちにとって当たり前の事が、海外の人から見たらすごく素敵って言ってくれるし、そんなにも魅力的なのであればしっかりお金を払ってでも行きたいと思ってくれるポテンシャルもあるんですよ」ということを知ってほしいと考えています。

 

ピンチとチャンスは同時に訪れるものだからこそ、ピンチに陥っている地域の人には次の産業、次の生き方みたいなものを早くから見つけてほしい。そして、日本のまちが歴史や文化などストーリー溢れるまちに変わっていけば、20年後30年後の日本はすごく魅力的な国になると確信しています。一人の力で成し遂げられるものではないそんな壮大な夢を、もっともっとネットワーク作っていって皆で変えていきたいなっていうのが自分の成し遂げたい理想であり、それは会社のビジョン、ミッションとしても掲げていて、それに共感してくれるメンバーが一緒に汗かいて活動しているのが地ブラです。 決して最近の地方創生ブームに乗っかっているのではなく、根本から解決したい想いを持つからこそ、泥臭く現場に入り込んでいけていると感じています。

 

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