自然と共に生き、地域の暮らしを守る。塩原の新たなツーリズムをカタチに 第6回 Attractive JAPAN Award アトラクティブジャパン大賞受賞・青空プロジェクトTHE DAY様
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第6回「Attractive JAPAN Award」(※1)の受賞事業者にお話を伺い、地域での取り組みや事業・サービスにどのような想いを持って活動されているかを紹介するインタビューシリーズ。今回は「地域循環型の観光体験」を通じて、自然と人の共生を実現している「青空プロジェクトTHE DAY」(栃木県那須塩原市)の代表、君島陽一さんにお話を伺いました。
郵便配達員として、地域を巡るなかで気づいた“地元の声”をきっかけに始まった草刈り活動。そこから仲間が集まり、やがて自転車や林道整備、食文化体験へと発展していきました。遊び心から生まれた活動が、地域と世界をつなぐツーリズムへと育っていったストーリーをお届けします。
(※1)第6回「Attractive JAPAN Award」についてはこちら
【プロフィール】 君島 陽一(きみしま・よういち)さん
1981年、栃木県那須塩原市生まれ。20歳の頃から郵便配達員として地域を巡り、地元の暮らしや人々の声に触れてきました。2020年に「一般社団法人 青空プロジェクトTHE DAY」を設立。以来、地域の自然と人の関係を再生する活動を続けています。宇都宮大学雑草管理教育研究センターで獣害対策を学び、動物との共生をテーマにしたエコツーリズムを展開。現在は「青空食堂」を拠点に、里山体験ツアーや親子向けアクティビティの企画・運営を行っています。
地域への想いと青空プロジェクトTHE DAYの原点

私はずっと地元で暮らしていて、20歳の頃から郵便配達の仕事をしていました。朝は実家の畑で野菜を収穫してから、郵便の仕事に出て、地域の人たちと顔を合わせるのが日課。お茶を出してくれる家も多く、そこで聞く昔話や暮らしの知恵から、地域の文化や人の温かさを学びました。
そんな日々の中、配達でよく立ち寄っていたおじいちゃんおばあちゃんが亡くなり、その方たちが大切にしていた畑や山が、誰も手を入れないまま荒れていくのを見たとき、胸が痛みました。「このままではいけない。自分が守らなければ」と思ったのが、青空プロジェクトTHE DAYを始めるきっかけです。
最初は仲間と遊びの延長でしたが、いつの間にか地域の役に立つ活動になっていきました。楽しみながらできることが、誰かの力になる――その気づきが、今の私の原点です。
仲間と始めた活動が林道整備へ

「青空プロジェクトTHE DAY」という屋号を付けたのは2020年ですが、実際の活動はその3年前から始まっていました。当時はコロナ禍で、外に出て体を動かすことすら難しい時期。外出を控えてストレスを抱えるより「誰かのために何かしたい」「地域のために汗を流してリフレッシュしたい」という想いで草刈りを始めました。
私自身、郵便配達の仕事を通じて地域の人たちと深く関わってきました。その積み重ねが信頼につながり「君島くんなら」と声をかけていただけることも多く、活動の輪は自然と広がっていきました。活動費はすべて自費でまかない、資金が尽きたときには家族5人分の定額給付金を活用しました。家族の理解と支えがあったからこそ、続けることができたのだと思います。
そして、その整備した場所で自転車遊びを始めたことが、林道整備のきっかけになりました。山を安全に使うための整備が、いつの間にか“地域を再生するプロジェクト”へと変わっていったのです。
動物との共生と山の再生

次に向き合ったのが“獣害”の問題でした。私が郵便配達をしていた頃から、サルやシカの姿は見かけていましたが、この10年ほどで急に数が増え、農作物への被害が深刻になっていったんです。人間が「おいしい」と思うものは、動物にとっても魅力的。憎むより、どうすれば一緒に暮らせるかを考えなければ、と思いました。
そのために、宇都宮大学雑草管理教育研究センターで獣害対策講座を受講し、実技も含めて学びました。仕事をしながらの通学は大変でしたが、多くの農家や猟師、研究者と出会い「人と動物の両方が安心できる環境づくり」が大切だと気づきました。
ある自然学者に「哺乳類は人間と同じ生き物だよ」と言われた言葉が、今も心に残っています。彼らも快適に生きたいだけなんです。だからこそ「自分がサルだったら」「シカだったら」と想像しながら整備を考えるようになりました。山をきれいにするのは、自然と敵対するためではなく、共に生きるため。その考えが、青空プロジェクトTHE DAYの大切な根っこになっています。
ツアー化と地域連携、地ブラとの出会い

私たちは次のステップとして「地域をどう発信するか」を考えるようになりました。
当初、地元に入ってきたアウトドア事業者の多くが移住者だったため、正直なところ、少し斜めに見てしまうこともありました。しかし、話をしてみると、みんな地域をよくしたいという想いは同じだったんです。そこで、地元の仲間や移住者たちと一緒に「塩原アウトドア事業協議会」を立ち上げ、協力していくことにしました。
設立後、補助金や助成金を活用して取り組んでいましたが、団体として自走していくためにはツアー造成が必要だと考えていたところ、地域ブランディング研究所(地ブラ)と出会いました。
地ブラの方々と一緒に取り組んだ「温泉活性化委員会(温活)」では、宿泊者向けのアクティビティとしてe-bike体験ツアーを企画。山や林道を安全に楽しんでもらえるよう整備し、地域の文化や食も組み合わせたプランにしたところ、多くの人に喜んでもらえました。
「ツアーをつくることは、観光ではなく地域づくりの一部」。そう信じて、今では初心者から上級者まで、段階的に楽しめるコースを整え、何度も訪れたくなる体験を目指しています。地ブラとの出会いが、私たちの活動を“外と内をつなぐ地域ツーリズム”へと導いてくれました。
青空食堂と“そばの実”がつなぐ地域の循環

自然環境を整える小さな行動から始まった活動が地域ツーリズムへと広がる中で、私たちは「食」を通して、地域を感じてもらう場所として「青空食堂」を立ち上げました。昔話の「おじいさんは山へ芝刈りに」という情景を再現し、山で自然の恵みを集め、里に戻ってその恵みを食べる。そんな体験を通して、自然の循環を肌で感じてもらう仕組みです。
運営しているのは、地元のお母さんたち。私の幼い頃を知る人ばかりで、叱咤激励されながらも温かく支えてくれています。旬の食材を使い、その日しか味わえない料理を出すのが特徴で「地域の家に招かれたよう」と言ってくださる方も多いです。

また、耕作放棄地の再生から始めたそばの栽培では、余ったそばの実を「食べて残さない」形にできないかと考え、焙煎してシリアルにしました。そば茶よりも栄養を丸ごと摂れて、香ばしくておいしい。団体の活動資金になればと思い、クラウドファンディングで販売したところ、ロシアのボリショイバレエ団のダンサーにも届き、思わぬ広がりを見せました。
地域の自然、人、経済がひとつにつながる――。青空食堂とそばの実シリアルは、私たちの活動の“循環の象徴”になっています。
受賞の反響とこれからの展望
先日、第6回「Attractive JAPAN Award」を受賞したとき、地域の人たちが本当に喜んでくれました。「青空食堂が表彰されたんだね」「君島くんたち、頑張っているね」と声をかけてもらえて、私自身も胸が熱くなりました。この受賞は私個人のものではなく、地域全体の想いが届いた結果だと思っています。
嬉しかったのは「うちも負けていられない」と、他の地域から声をかけてもらえたこと。競争ではなく、お互いを高め合うような関係が広がってきています。最近では、農家や福祉、教育、観光の分野からも仲間が加わり、地域の輪がどんどん広がっています。以前はほとんど一人で動いていましたが、今は事務局を引き受けてくれる人や、仕事を辞めて農家に転身した仲間も増えました。それぞれが自分のペースで関わることで、無理なく続けられる体制ができています。
これからは、地域経済を循環させる仕組みをつくりたいと考えています。農村型の協定(RMO)のような枠組みを整えたり、空き施設を活用した「体験型ゲストハウス」をつくったり。滞在しながら畑や森での体験をして、青空食堂で地元の味を楽しめる――そんな場所を目指しています。
観光と暮らしが隣り合う塩原だからこそ、できることがあると思います。これからも地ブラさんのような外部の方と連携しながら、地域の現場と外の知見をつなぐ役割を果たしていきたいです。誰の上にも平等に広がる“青空のような地域”を目指して、私たちの挑戦は続いていきます。
次の世代へつなぐ“青空のまちづくり”

私たちの活動は、自然を守ることだけでなく、人と人、地域と地域をつなぐ“心の再生”でもあると思っています。その原点にあるのは「誰かのために動きたい」という純粋な気持ちと「楽しみながら続けよう」という想いです。
山や畑の手入れ、林道整備、獣害対策、自転車ツアー、青空食堂――。一見、別々の活動に見えますが、すべては“地域の暮らしを豊かにする”という一本の軸でつながっています。私たちの原点は“遊び”です。好きなことを続けていたら、気づいたら地域の力になっていた。無理をせず、みんなで笑いながら続けていくことが一番大切だと思っています。
家族もこの活動に深く関わっています。妻は安全管理や女性目線での運営を支えてくれて、子どもたちも一緒にイベントに参加しています。「危ないからダメ」ではなく「どうしたら安全にできるか」を一緒に考える。そうやって子どもも、大人も一緒に学び合える場になっています。
青空プロジェクトTHE DAYでは、春はトレッキング、夏は川遊び、秋は収穫体験、冬は雪上ウォークと、季節ごとに違った体験を用意しています。「次は別の季節に来たい」と言ってもらえることが一番嬉しいですね。今は、那須から日光までを結ぶ約200kmの「ロングトレイル」を構想していて、歩きながら文化や自然を感じ、最後は温泉で癒やされる“循環の旅”を形にしたいと考えています。これからも塩原の青空の下で、人と自然が響き合う場所を育てていきたいです。
取材を終えて
取材を通じて感じたのは、君島さんの穏やかな語り口の中にある、確かな情熱です。地域への小さな働きかけから始まった活動が、今では地域の誇りとしてしっかりと根を下ろしています。自然を守り、文化を受け継ぎ、人をつなぐ。そのどれもが特別なことではなく、日々の暮らしの中でできることなのだと感じます。青空プロジェクトTHE DAYの姿は、私たちに“地域との関わり方”の原点を教えてくれます。これからも塩原の青空の下で、人と自然が響き合う新しい風景が生まれていくことでしょう。君島さんたちの歩みが、その未来への一歩を照らしていくに違いありません。
今回のインタビューで紹介したツアーは、以下よりご覧いただけます。
「日光国立公園の風光明媚な渓谷と里山の大自然を全身で味わう、Local SATOYAMA体験&青空食堂」
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