全国体験観光オンラインシンポジウムレポート【第1部 基調講演】
目次 [非表示]
はじめに
2020年7月9日(木)、(株)地域ブランディング研究所主催でウェビナー(オンラインシンポジウム)を開催しました。
今回のタイトルは、「全国体験観光オンラインシンポジウム~withコロナ時代のプレミアム化・SDGs対応・ファン獲得策~」。
コロナ禍における新しい生活様式など、さまざまな変化がある中で、次の時代の観光業を見据えたアクションの参考になる情報を提供したいという熱い想いをもって開催しました。
基調講演では『新しい旅の哲学』というテーマで、アレックス・カー氏に登壇いただきました。また、パネルディスカッションでは『withコロナの観光地づくり・プレミアム化』と『現場最前線!パイオニアのファン獲得策』という2つのテーマで、観光地域づくりの最前線でご活躍中の5名の方々に議論を交わしていただきました。
第1部 基調講演『新しい旅の哲学』
東洋文化研究家 アレックス・カー氏が描く観光の未来とは
アレックス・カー氏は、徳島県の祖谷(いや)を拠点に「篪庵(ちいおり)プロジェクト」を発足し田舎の復活活動に取り組まれています。全国各地で地域の再生プロジェクトを手がけ、観光を核にした滞在型観光の促進、地域観光振興などの多様なプロジェクトに従事しながら、執筆・講演・コンサルティングなどの活動を続けられています。今回の基調講演も、はるばるバンコクからオンラインでつながり、ご講演いただきました。
コロナ禍までの振り返り 「なんでもない」場所が魅力的な観光の力に
アレックス・カー氏は大学生時代、日本の秘境と呼ばれる徳島県祖谷(いや)にほれ込んで、家まで買ってしまったそう。当時はアクセス不便、有名観光地でない、立派な大邸宅もない、言うならば「なんでもない」場所だったそうです。その後、屋根の葺き替えなどリノベーションを繰り返し、画期的な旅の宿泊プランを提供してきました。これまで人口減少で未来がないとされていた山奥の集落も、観光の力で事態を変えられるのではと再生に取り組んでいきました。世界遺産や重要文化財ではなく、美しい環境の中で静かなひとときを過ごせるこの「なんでもない」という魅力は、まさに海外の人だけでなく、日本人にも求められるようになり、観光による人の流れが変わっていきました。祖谷(いや)にも、2010年までに観光客が3万人も訪れ、2010年にあの「ミシュラン・グリーンガイド」で2つ星を獲得するまでになったそうです。
また、一種の文化遺産といわれる空き家をどう活用していくのかも問題となっています。現在は1000万軒、15年先には2100万軒ともいわれる大きな社会問題のひとつです。アレックス・カー氏は古民家は観光資源にもなり得ると考え、古民家の雰囲気を残しつつ、床下暖房など現代人が快適に過ごせる環境を整えているそうです。京都府の美山町はその魅力にいち早く気づき、かやぶきの里として観光地となり、元気になったことでも有名ですね。
コロナ禍までの振り返り 「オーバーツーリズム」「ゼロドルツーリズム」から適切な管理へ
「オーバーツーリズム」とは
2012年にツイッターのハッシュタグ「#overtourism」で認知されるようになったものですが、現在では国連世界観光機関(UNWTO)が、「ホストやゲスト、住民や旅行者が、その土地への訪問者を多すぎるように感じ、地域生活や観光体験の質が、看過できないほど悪化している状態」と、定義を決めています。
この定義で特徴的なのは、数値ではなく、住民と旅行者の「感じ方」を重視しているところ。すなわち、多くの人が「観光のために周辺の環境が悪くなった」と思う状態が、オーバーツーリズムなのです。
例:ヴェニス、エベレストの渋滞
日本は、しっかりと管理すれば適切な観光ができるポテンシャルがありましたが、この11年間で800万人から3100万人への増加という急な増加に耐えられませんでした。
全国インバウンド誘導ブームによるオーバーツーリズムも問題となっていましたね。
例:兵庫県の竹田城(日本のマチュピチュ)で石垣が割れたり、枯れ木が増えたりするなど景観が悪化
「ゼロドルツーリズム」とは
観光客は来るものの、宿泊などの消費が無く、地域にお金が落ちない状態のことをいいます。インスタ映えを狙った写真を撮るためだけの混雑もそういえます。大型クルーズ船も、船内で宿泊や食事を行っており、降りて、写真を撮るだけになっているため、地域はインフラの維持だけで赤字になる問題となっていました。
withコロナ時代=観光の考え直しのチャンス「新しい旅の哲学を」
今、この時代に観光について考えるべきことをアレックス・カーさんは以下の2つの視点から述べられました。
① 受け入れ側の意識
- 「脆い意識」を大切に:自然や文化は壊れやすい。混雑や過剰な看板で雰囲気が損なわれる。
- 先端技術の利用:美術館の事前予約システムで、行列や混雑を避けるなど。
- 地元還元の原則:統計上の数字に惑わされ、地域再生という最大の目的を見失わない。
- PR方法:もともと観光客の集まる場所ではない、人を回すべき場所を宣伝するべき。
- 地域性を守る:市場原理に任せた観光客向けの地域編集をしすぎない。
- 量より質:落ちるお金は、祖谷の古民家の3000人宿泊=大型バス75000人の日帰り客。自分で調べて来る人と、大型バスで運ばれてくる人とでは、地域に対する興味や愛着も違いがある傾向。
②旅をする本人の意識
- フットプリント:1人1人が、確実に自然環境などにダメージを与えているという自覚。
- 諦め:混雑などで適切に楽しめない観光地に、あえて行かないという選択を採る。
- 社会貢献:既に混雑している場所でなく、自分が行くことで地域貢献できる場所へ。
- 心の保養:自分の期待通りの体験ができる場所に行き、満喫する。
まとめ
今回の基調講演を受けて編集部より。
- 世界的に文化意識レベルが上がってきたことで「なんでもない」その地域独自の体験をしたいという需要が増している。
- 地域の景観を守りながら再生を行えば、おのずと観光客は集まってくる。
- 観光地となる受入側と、旅をする観光者の双方の視点の意識改革が必要。
- ソーシャルディスタンスに有利な地方はwithコロナ時代にも有利である。
といった様々なキーワードが印象的でした。
アレックス・カーさんはこれまでに40件以上の様々なプロジェクトに関わってこられたご経験から「ノウハウの蓄積は毎回のチャレンジの繰り返しの中で生まれる。」と仰っていたことに、今何をすべきかのヒントがあるように感じています。
新型コロナウイルスによって世界的にも観光業は大きな影響を受けて、皆様大変ご苦労されていることかと存じます。
単純に元の観光のあり方に戻すという発想ではなく、今をサービスの見直しの機会と捉えて、持続可能な観光地づくりのあり方も考えていただくのも1つの方向性かと考えております。
自然・文化といったありのままがある地方こそ、これからの観光を牽引してくれる力となっていただければ幸いです。