代表インタビュー

吉田 博詞

 

(株)地域ブランディング研究所の代表を務める吉田さんに、自身のことや代表から見た「地ブラ」という会社について伺いました。

【ご参考】代表吉田のパーソナル情報

・個人facebook
生い立ちインタビュー
創業の経緯インタビュー

 

吉田さんの学生時代や、「まちづくり」に興味を持つようになったきっかけについて教えて下さい。

 

もともとは建築や土木になんとなく興味を持っていたのですが、「都市計画」という分野があることを知ったとき、建築でも土木でもなくまちを広い意味でプロデュースするという概念自体が面白そうだと感じたことがこの分野を学び始めたそもそものきっかけです。そのために大学も都市計画が学べる学部に進学しました。

 

あとは大学2年のとき、友人とヒッチハイクと野宿で一か月ほどかけて日本全国縦横断の旅に出たのですが、これがひとつの転機だったのかなと。

 

それまで田舎出身であることは自分にとってコンプレックスだったのですが、そんな都会出身の友人がヒッチハイクで田舎を巡ったときに、田舎に行く先々の田園風景や自然、景色等、ローカルなゆっくりとした時間の流れや人の好さをとても新鮮に感じてくれたんです。田舎で生まれ育った私にとっては「当たり前」の環境も、見方を変えれば誰かに羨ましがられるような、「誇り」に思うことができる魅力を持っていると気づけたことが、地域に対する気持ちを後押ししてくれましたね。

 

でも同時に、だんだん進んでいくとシャッター街的なものだったり廃線になった線路があったりだとか、地方の元気がなくなって過疎というものが進んでいるという実状が見えてきたんです。こんなにいいひとがいて、美味しいものがあって、魅力に溢れている素敵な空間が全国各地にあるのに、それが消えていこうとしていることに気づいたとき、地域のために何とかしたいなという想いを持つようになりました。

 

ヒッチハイクをしてからしばらくして、アジアの国々をバックパック一つで巡る一人旅をして、イタリアにも行きました。

アジアで感じたのが日本の都市というものがもっと活気づいて人々が生き生きとしていく舞台であるべきだということ。

そしてイタリアでは、一つ一つのまちがその「まちらしさ」、アイデンティティをもっと持っていくべきだということ。

歴史的なものや文化的なものとビジネスは結び付きにくいかもしれませんが、それがまちの誇りになり、それを求めて人々が集まることでお金もしっかり落ちる。日本もそんなふうに元気になっていくまちが増えていけば素敵だと思ったし、自分の世代でそこを動いていかないと本当につまらない国になってしまうという問題意識を持ちました。

ヒッチハイクをして、その後アジア、イタリアでいろんなまちを見ていく中で課題や問題意識が醸成され、その思いのもとで色んな人と会って、それとどう向き合っていくかという考え方を得たのが大学時代だったんですね。そんな吉田さんはどんな就職活動をされていたのですか?

最初は都市開発に携わりたいと考えていたけど、やっぱり「地域」のために何かしたいという想いが強かったので、まちおこしや村おこし、あるいは地域活性というキーワードに興味を持ちました。私の就活は少し変わっているんですが、まずは片っ端からまちづくり関連する書籍を読み漁ったり、ネットを見まくって、そこでビビビッて来て面白いと思った人にメールとか手紙送ったりして、この分野で活躍する人にどんどんアプローチしていったんです。あなたのこの生き様に感動しましたとか、このプロジェクトすごいですねとか、是非話聞きたいですって、ラブレターかってくらい積極的に。そんなことをしているうちにお話しさせていただいたり、弟子入りをさせていただけるようになりました。かれこれ10人くらいに弟子入りさせていただきましたね。そのうち半分くらいはすでにMACHIBIYAセミナーでも講師をやってくださっていて、人生の恩師でもあり、今でも応援してくれている方々でもあるんです。

 

私が就職活動をしていた頃は、地域活性化に関する事業に取り組んでいる企業はほとんどなかったんです。そんな中で興味を持ったのがリクルートの中の地域活性事業部。リクルートっていうカラーを持ちながら地域活性やっているという所がすごく面白いなって興味を持ったんです。自分が尊敬するまちづくりの師匠たちにどうしたら最短ルートで近づけるのかということを軸に就活をした結果、大学卒業後はリクルートの地域活性化事業部で活動することになりました。

「就活」という言葉よりも、人と人のつながりによって自分の道を切り拓いてきたというような表現が合いますね。

ここに、地ブラがまちづくり人材の育成に力を入れていることがリンクしますね。ナビサイトを使った一般的な就職活動ではなくて、いろいろな人との出会いを経て、自分から興味を持ってアクションしていけば生き方のモデルは無限にあることに気づけたんです。15年前、私が地域活性化に興味持ったときは「君は奇特だね」と言われ続けていたけれど、でも実際に時代が変わると、本当に先見の明があったなと言っていただけているんです。それを踏まえると、やっぱり早い段階で、人口減少・グローバル化であり、地域というものがこうこうこういう風に変わっていくんだよという事をもっともっと若者に伝えていって、その中で生き残っていける、あるいは価値提供できる人間になってほしいなと感じています。そして、やりたいことでご飯を食べられる、そんな働き方にやりがいを感じながら生きていけるようになるのが理想だと考えています。

また、若者の育成に貢献したいという想いはもちろんですが、そういう「熱い」若者が増えていってくれないと、日本のまちって残せないなって思うんです。地域のために想いを持って行動できる人が増えて、たくさんの人たちの関係を結び、これがうねりになって初めて日本のまちって残せるんじゃないかなって思うから、こういう気づきとか啓蒙の機会を提供していて、そういう人たちに生き様を伝えるし、そしてうちにいるスタッフにはそのスキルを身に着けてもらって、将来いろいろな各地で活躍できる人材になっていってほしいなって感じているんです。

そこで得たビジョンやミッションというものは今も変わらず持ち続けているんですか?

そうですね、ただ会社としてのビジョンというよりは自分の人生の使命であって、純粋にグルーバル化な競争化や人口減少が進むこの世の中で、自分自身が日本に対して持っている問題意識が先ほど話したものなんですよ。日本のあちこちにあるピンチは、実はチャンスだと考えています。そう考えたとき、地ブラがやっているのは単なる「情報発信」でも「インバウンド」でも「採用コンサル」でもなく、地域活性化を何か別のファクターを通して、地域のピンチをチャンスに変えていくことなんです。地域に利益を生み出すことができるチャンスがたくさんあるからこそ、地域のみなさんに、地域にある魅力を残して、そして磨きあげていくサポートをすることで、「あなたたちにとって当たり前の事が、海外の人から見たらすごく素敵って言ってくれるし、そんなにも魅力的なのであればしっかりお金を払ってでも行きたいと思ってくれるポテンシャルもあるんですよ」ということを知ってほしいと考えています。

ピンチとチャンスは同時に訪れるものだからこそ、ピンチに陥っている地域の人には次の産業、次の生き方みたいなものを早くから見つけてほしい。そして、日本のまちが歴史や文化などストーリー溢れるまちに変わっていけば、20年後30年後の日本はすごく魅力的な国になると確信しています。一人の力で成し遂げられるものではないそんな壮大な夢を、もっともっとネットワーク作っていって皆で変えていきたいなっていうのが自分の成し遂げたい理想であり、それは会社のビジョン、ミッションとしても掲げていて、それに共感してくれるメンバーが一緒に汗かいて活動しているのが地ブラです。 決して最近の地方創生ブームに乗っかっているのではなく、根本から解決したい想いを持つからこそ、泥臭く現場に入り込んでいけていると感じています。

吉田さんの視点から「地ブラ」という会社について教えて下さい。

 

地域の方と仕事をする上で大変なこともたくさんあるかと思いますが、その上で大切にしていることは何ですか?

地ブラがやっていることを簡潔に表現すると、「企業の課題解決・価値提供、BtoCで言えば個人の幸せのために何かの商品を提供する」というごく一般的なビジネスモデルになりますが、「地域」という分野になると途端に数段難易度が上がるのが特徴的ですね。そもそもの前提が企業の課題解決というときでもしっかりとした価値提供をしていって信頼関係を構築して、少しでも信頼裏切ったりすると次の仕事は貰えないし、やっぱり信頼は大事ですねっていうのはどこの会社の人もおっしゃることだと思うし、そこはもちろん地ブラも大切にしていくべきところだと考えています。

でも、地域と向き合う領域というのはさらに、信頼プラスアルファで大事なことがあるんです。実現しようとしているプランがいくら立派でも、地域というのは様々なステークホルダーがいて、だからこそ一方が良くとももう一方は納得できない、などそこにはいろいろな人がいて、いろいろな想いもある。そういう意味では根回しや細かな調整などの「コーディネート」をすべてやりきった上で初めて、きちんと実現できる難しい領域だと痛感しています。

だからこそ、うちでは地ブラスピリッツとして、「現場・データ・パッション」の3要素を掲げていますが、この総合力が必要だなって思うんですよ。確かにロジック的には正論でも、全ての人が正論だけで動くというわけではなく、だからといって想いだけでこうしましょうよ、って言ったところで動くわけでもなく。だからありとあらゆる切り口から「地域のあるべき姿」は何かを考えながら、地域の動きやステークホルダーの関係性をしっかり把握して、自分たちのやるべきことを整理していくことが必要なんです。

吉田さんから見た「地ブラ」はどんな会社ですか?

「いいやつ」がいっぱいいる会社、かなと。他人のために一生懸命になれる人たちですね。あとベンチャーというと、ガツガツした雰囲気をイメージされるかもしれないのですが、地ブラは見た目はマイルドだけど、内面には確固たる信念を持っている「青き炎」みたいな人がとても多いです。人付き合いにおいてはすごく気が利いて動けるみたいなタイプが多く、自分にとって居心地もいいし、自慢だなと感じています。

祭や花火、合宿などのイベントを頻繁に開催するワイワイしたところも好きですね。あとは三社祭で神輿を担がせてもらったり、地ブラは地域の方とも仲良くさせてもらっているんです。半年前には浅草の町会の皆さんと意見交換会をやって、どうやったら周辺エリアをもっとよくしていけるかという議論をさせていただいたり、町会企画で毎月行われているエリア内の掃除に新卒メンバーが自発的に毎回参加していたり、地域との関係がとても濃厚だと感じています。そういった関係を大事にすることをまったくいとわないメンバーが多いのは魅力ですね。社外でも社内でも濃い人間関係が築かれていくので、仲間意識が強くなり、家族のような雰囲気が地ブラらしさだと思います。

 

 

そんな地ブラにはどんな人が向いていますか?

「素直さ」や「謙虚さ」はキーワードとして重視しています。チームやまちなど、誰かのハッピーのために立ち振る舞うことができるまさに黒子のようなタイプが向いていますね。あとは地ブラの社風として「学ぶこと」を大切にしているため、勉強好きの人が向いていると思います。教えてもらうのを待つのではなく、常に知的好奇心を持ちながら、自ら学習し続ける。それを義務的にではなく、自発的に行動し、自分ゴトとして昇華して、自分の価値観を形成できる「考える力」は求めています。地ブラはスキルアップのための機会提供はかなり充実していると自負していますが、あくまで「機会」なので、自分で考えて主体性を持って取り組める人でないと成長できないと考えています。

これからの地ブラについて

 

「地ブラ」に集まったメンバーたちには、どんな人材になっていってほしいですか?

最終的には地域をコーディネート、そしてプロデュースすることができる人材になってほしいです。地ブラが輩出するのは頭でっかちなコンサルティングができる人材ではなく、あくまでプロデューサー。プロデューサーとして成果にコミットするという、ゴールをイメージしてどうすればよいかを考え続けるということを常に求めていくし、これはうまくいく、いかないという世の中のツボをしっかりと抑える力も身につけていってほしいです。
プロデューサーに求められるのはいわゆる営業テクニックではなく、ゴールというものを描いていった上で、ステークホルダーの利害関係を踏まえて調整していくことができる力です。

そういった力はどうしていけば身につけられるのでしょうか?

素直さがあれば、成長していけると考えています。壁に当たりながらも、くじけずに、次はこうしていこうと前向きに考えていける姿勢が大切。すべてのことを自責思考で素直に受け止めて、失敗を積み重ねていくことではじめは30点でも、次は50点、そして70点と徐々に成長していけばいいんです。はじめから完璧を求めているのではなく、むしろ日々成長していこうとする向上心があれば十分に地域で活躍できるプロデューサーになりうると考えています。苦しいこともあるかもしれないけど、それを超えていく力を社内で培っていってほしい。そうして成長していったメンバーが、地ブラに在籍している方が波及効果があると思って働き続けてくれても嬉しいし、でも将来の夢として自分の地元でこれをやりたいんだっていう想いがあれば、それはそれでいい意味で卒業していってもらって各地で活躍してもらう。卒業しても想いは変わらないからこそ、そこのビジョンは共有したままゆるい繋がりの中でコラボしていければすごく幸せだなって思うんです。普段は各地で活躍しているけど何かあったら結束するみたいな。もっと言うと、最近日本に面白いまちあるよね、そのまちで活躍している人の経歴見るとまた地ブラ出身だね、やっぱり地域は地ブラだね、やっぱり熱くて面白い人がたくさんいるよね、っていうように地域の人々に思ってもらえるようになっていったら最高ですね。そういう人とは一緒に働きたいし、そんな人に成長していってほしいというのがメンバーへの期待と願いですね。

これからの「地ブラ」をどのようにしていきたいと考えていますか?

「単純な営業会社ではなく、成果に対してコミットしていく集団」というスタンスは変わらずに大切にしていきたいです。地域のプロデュースという難しい領域に挑戦しているからこそ、そこに関してはまだまだ正解はないし、究極言えば一生正解はないかもしれないし、まだまだ良いものがあるはずだっていう探究心を持って取り組まなければいけない。だから、地ブラのメンバーはそれぞれが何かしらのスキルを備えたプロフェッショナル集団であってほしいし、そんなメンバーがスキルアップし続けながら協働していくことでまだ見ぬ新しいものを生み出していける会社になっていきたいと考えています。ある程度3年後、5年後の理想像を描いてはいるものの、そこありきで動いていくよりは、より「面白い方」へ走っていける会社でありたいし、それによって社会に価値を提供していきたいですね。
1人ひとりが地域のことを考え続けて本気で取り組むことこそが、地ブラという会社が社会に存在している価値だと考えていますし、その困難を面白がれる人と一緒に働いていきたいです。なんとなくやりたいでは乗り越えられないほどの困難がたくさんあり、それに対して覚悟を決めて、プロデューサーとして変革をもたらしていくことにやりがいを感じられる人の集まりが、地ブラという会社であってほしいです。

吉田 博詞
YOSHIDA hiroshi

(株)地域ブランディング研究所、代表取締役。1981年、広島県廿日市市(安芸の宮島対岸)生まれ。1999年に広島工業大学附属広島高等学校を卒業後、筑波大学第三学群社会工学類都市計画専攻入学。2003年には筑波大学経営政策科学研究科に入学するものの、日本各地・世界各国の都市・地域巡礼するとともに各地の地域活性プロデューサーに弟子入りをすることに注力し、間もなく退学。2004年には(株)リクルート住宅情報Divに入社し、現SUUMOで大手マンションデベロッパー向け広告企画営業を担当した。その後、2005年に(株)地域活性プランニング入社し、映画ドラマのロケ地を通した地域活性化で数多くの自治体・
大手電鉄会社・不動産会社・ホテル・ブライダル施設をコンサルや、日本で唯一のロケ地検索サイト「ロケなび!」を立ち上げ事業化、その他ロケ地情報誌ロケーションジャパンの企画立案などに携わった。
2013年には、(株)地域ブランディング研究所を設立。信金中央金庫 インバウンド専門アドバイザー、一般社団法人日本インバウンド連合会(JIF)幹事、東京商工会議所台東支部 インバウンド戦略アドバイザーなど数々の専門委員を務めている。

【ご参考】代表吉田のパーソナル情報

・個人facebook
生い立ちインタビュー
創業の経緯インタビュー